『ハワイイ紀行』(完全版)ー本で世界一周

本で世界一周しましょう!

現在、連載では、『ある明治女性の世界一周日記ー日本初の海外団体旅行』(神奈川新聞社)をもとに、野村みちの日記に書かれた言葉を拾って、注記を広げながら110年前の世界を探訪しています。ここでは、彼女が訪ねた先々を深く知る本を並行してご紹介していきます。

連載「110年前の世界を旅する」ハワイ編

細分化した日本人のハワイの魅力

まずはこちらをどうぞ。

世界的に有名な観光先ハワイ
ハワイ州観光局 動画

2020年5月9日、日本が緊急事態下のおこもり状態のなかでハワイ州観光局がYouTubeにアップした動画です。

そんなときに、こんなのを見ていると、ハワイの旅の虫が体に住み着いていない方でも、うずうずしてしまうのではないでしょうか。

ハワイというと、真っ先にビーチが思い浮かぶかもしれませんが、カット割りが激しくて、これでもか、とハワイのたくさんの魅力が詰まっている動画です。

しかし果たして、10年、15年前だとこの動画が作られていたかどうか。

もっとビーチの映像が多かったり、たとえばハワイ島やカウアイ島を深堀りしたりしたものが作られていたかもしれません。

何を申し上げたいかというと、日本人のハワイの旅が成熟して、ハワイへの興味が分散化してきているだろうということです。それがおそらくは、動画の激しいカット割りで、あれだけコマを割っても、そこに何が映されているのかは、ハワイリピーターにはわかるだろうし、たとえハワイへの興味がバラバラでも、いずれかのシーンが刺さるのではないかと。もちろん、いずれにも刺さる方がいれば、もう、旅の虫がうずきまくりですね。

『ハワイイ紀行』の著者、池澤夏樹

ご紹介する『ハワイイ紀行』は今から24年も前に単行本が出版され、2000年に新たな2章が加わって文庫化されました。

作者は池澤夏樹さんです。1945年の北海道生まれ。1987年に書かれた中央公論新人賞受賞作『スティルライフ』は、芥川賞にも輝きました。デビュー当時、物理学専攻の理系出身の作家ということ、『スティルライフ』がワープロで初めて書かれた芥川賞受賞作というのも話題になりました。

以来、様々な文学賞を総なめに。1992年の『南の島のティオ』で小学館文学賞、1993年の『母なるおっぱい』で読売文学賞 随筆・紀行賞、同じく93年の『マシアス・ギリの失脚』で谷崎潤一郎賞を受賞されています。『ハワイイ紀行』も、1996年のJTB紀行文学大賞を受賞しています。

最近の仕事では、2007年に始まった池澤夏樹個人編集の『世界文学全集』30巻刊行に続き、2014年からは『日本文学全集』の編集に取り組み、2020年2月刊行の角田光代新訳の『源氏物語』下巻をもって、全30巻が完結しました。

インタビュー記事をひとつ。

『ハワイイ紀行』が刊行された1996年

上のインタビュー記事でも、池澤さんは飽きっぽいとおっしゃっていましたが、生活のベースもギリシャ、沖縄、フランス、札幌と変えています。

1993年から10年間、沖縄にお住まいだったので、『ハワイイ紀行』は拠点が沖縄のときに書かれたものです。

1996年は日本テレビ系列の『進め!電波少年』で、猿岩石がヒッチハイクで香港からイギリスを目指していた年です。当時この番組は視聴率を稼ぎまくっていましたが、同年に出た『猿岩石日記』も、この年のベストセラー6位にランクインしています(トーハン調べ)。

その影響もあったのか、1996年は20代の日本人渡航者数が約463万人を数え、史上最高を記録した年でした。むしろ、多くの若者の目が海外旅行にむいていた熱気のなかで、あの企画も、猿岩石ブームも起こったといえるかもしれません。

また日本人のハワイの渡航者数は、1997年に約220万人を数え、渡航自由化なった1964年に統計を取り始めて以来、最高の人数を記録します。

しかし渡航者数が多いからといって、その国・地域のことをよく知っているかというと、それはまた別の話です。当時のおよその日本人にとって、ハワイの旅は、オアフ島ホノルルのワイキキビーチに数泊滞在して帰ることがほとんどだったでしょう。渡航者数の一定数を占めていたハネムーナーにとっても、その視線は、ハワイへというよりは、結婚相手にむいていたでしょうし。

そこに現れたのが、『ハワイイ紀行』でした。

今でこそ、冒頭の動画が物語るようにハワイの魅力は深掘りされましたが、およその日本人のハワイのイメージがワイキキビーチだった時代に、それは大胆で、画期的なハワイ本だったといえるでしょう。

完全版の文庫本にして、558ページ。ハワイの自然や歴史、先住民の文化に焦点を当て、ビーチリゾートだけではない、ハワイの魅力の厚みを池澤夏樹は提示しました。一目瞭然、それは本の厚さを見るだけでも、如実に表れていたのでした。

カウアイ島のナ・パリ・コースト

『ハワイイ紀行』(完全版)目次

  1. 淋しい島
  2. オヒアの花
  3. 秘密の花園
  4. タロ芋畑でつかまえて
  5. アロハ・オエ
  6. 神々の前で踊る
  7. 生き返った言葉
  8. 波の島、風の島
  9. 星の羅針盤
  10. エリックス5の航海
  11. 鳥たちの島
  12. マウナケア山頂の大きな眼

1の淋しい島は、モロカイ島のこと。いまどきハワイはいくつもの島から成っていることは知られているでしょうが、1996年当時、どこそれ?だったのではないでしょうか。ハワイの本と思って読み始めると、いきなり意表をつかれるのです。

2のオヒアはハワイ固有の樹木。キラウェア火山の周囲によく見られ、この章ではキラウェア火山が主役。3は花々について、4は先住民の主食タロ芋についての詳説。

5のアロハ・オエの言葉は耳にされたことがおありでしょう。ハワイ王国最後の女王リリウオカラニが作ったハワイの代表曲です。哀切を帯びた曲の名が付いたこの章では、ハワイのもどかしい歴史が描かれています。

6はフラについて、またレイについても詳しく書かれています。

7はハワイの言葉について、8には奥の深いサーフィンのことを。

9はホクレア号やカヌーについて。ホクレア号は古代の伝統的な航海術を再現したカヌーのこと。星を羅針盤に、ポリネシア人はハワイにやってきたと考えられています。

10はハワイ諸島のヨット航海記、11は追加されたミッドウェイ探訪記、12も追加された章で、ハワイ島マウナケアのすばる望遠鏡をめぐって書かれています。

ホクレア号 太陽や月など、自然の指標だけで航海するカヌーを再現

『ハワイイ紀行』(完全版)より

楽園は可能だ

人間はこの地球の上で生きてゆくことができ、限定された範囲で栄えることができる。この人間の存在の基本原理をハワイイは証明してきた。今の時代になぜそれがうまくゆかないのか、それはまた別の問題であるが、それについて考えるためにもハワイイ諸島とそこの人々を見ることには意義がある。楽園は可能だ、とハワイはわれわれに教えているのだ。(462p)

旅の評価

旅を目的主義的に組み立ててはいけない。旅の値打ちを見たものの数や、名所旧跡の数々、買物の量、撮った写真などで計ってはいけない。旅はただ気持ちよく過ごした時間の長さでのみ評価されると考えよう。(19p)

そのとおり、『ハワイイ紀行』には全編にわたって、気持ちよい旅の時間が流れています。どうぞ、ご一読を。ただし、目下行けないのに、ハワイイに行きたくなること必至です。

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