『憧れのハワイー日本人のハワイ観』ー本で世界一周

本で世界一周しましょう!

現在、連載では、『ある明治女性の世界一周日記ー日本初の海外団体旅行』(神奈川新聞社)をもとに、野村みちの日記に書かれた言葉を拾って、注記を広げながら110年前の世界を探訪しています。ここでは、彼女が訪ねた先々を深く知る本を並行してご紹介していきます。

連載「110年前の世界を旅する」ハワイ編

ハワイに出かけたくても、行けないこの機会に

2020年は、もうすぐ半年を迎えようとしています。

今となっては遠い過去のように思えますが、年が開けた頃、旅行業会はお祝いムードに溢れていました。長らく達成できなかったアウトバウンド(日本人の出国者数)2000万人を、統計を撮り始めた1964年以来初めて達成したからです。また、インバウンド(訪日外国人数)は2018年に3000万人を超え、今年は五輪開催もあって、さらなる訪日外国人の増加が見込まれていました。

何も日本だけではなく、LCCが生まれ、アジア諸国を中心に新たな中流層の出現もあり、世界中が空前の旅行ブームに湧いていました。

それが一転、新型コロナ感染症の拡大により、様相は一変しました。

日本もコロナ禍に遭うまでは、インバウンド景気に湧いていて、訪日外国人を相手にご商売されていた方々は大変な思いをされていると思いますが、観光が主産業の小国・地域も、大きな打撃を被っています。

ハワイもそのひとつ。アメリカの国内旅行者に次いで、最も多いのが、日本人旅行者です。また日本人にとっても、ハワイは変わらぬ、愛すべき旅行先です。

戦前から現在まで、日本人がハワイへ注ぐ視線は、時代を経るに従い、変化してきました。ハワイへ出かけたくとも、行けないこの間に、もう一度、日本とハワイについて思いをめぐらせてみてはいかがでしょう。

少し古い本ですが、『憧れのハワイー日本人のハワイ観』(中央公論社)は、それにうってつけの一冊なのです。

1950年代のハワイ観光ポスター。フラとレイ、ココナッツジュース…南国の楽園イメージがふりまかれています

『憧れのハワイー日本人のハワイ観』の著者、矢口祐人

著者の谷口祐人さんは、1966年、札幌生まれ。現在は、東京大学教授。メノナイトの教会の家庭で生まれ育ったユニークな経歴の持ち主で、北海道大学に進むも中退し、メノナイト派のゴーシエン大学を卒業されました。アメリカ文化を研究され、『ハワイの歴史と文化 悲劇と誇りのモザイクの中で』 (中公新書 2002年)をはじめ、ハワイに関する著作を多く執筆されています。
『憧れのハワイー日本人のハワイ観』は、2011年の著作です。

『憧れのハワイー日本人のハワイ観』の目次

序章
第一章 ハワイを訪れる旅ー戦前
第二章 アジア太平洋戦争とハワイ
第三章 ハワイの花
第四章 海外渡航自由化とハワイ
第五章 「憧れ」から「定番」へ
第六章 癒しを求めて
終章

251ページ。タイトルにあるとおり、戦前から現代まで、日本人のハワイ観の変遷が見事に描かれています。

普通、という言い方は語弊がありますが、リタイヤされている年代はともかく、その下の世代で、とくにハワイの歴史に通じていなければ、その場所が戦前において、出稼ぎにいくところであり、サトウキビ栽培をはじめ、労働の現場であったことを知ることは、あまりないのではないでしょうか。

明治政府はハワイ国王の要請を受けて、移民を送り出しました。1902年には、サトウキビ栽培従事者の70パーセントを日本人が占めていました。今も、ハワイ人口のおよそ20パーセントを占めるという日系人の多さがそれを物語り、そのなかに彼らの子孫も多く含まれているでしょう。

この日系人への日本人の視線もこの100年で大きく変わりました。当時、日本で食べられないから、あるいは、少しでも収入を上げようと、食い扶持を求めて異国の地へ渡った人たちですから、当時日本からのハワイの地を踏めるような人々からは、どこか彼らを下に見るような視線があったことは否めないでしょう。それが戦後には、占領者アメリカ人の一部になってしまうのですから。

1940年、日本は真珠湾攻撃を行い、アメリカに戦争を仕掛けるわけですが、本書によると、その直後も、戦中も、日本人のハワイのイメージが損なわれることなかったというのが驚きでした。

また大きく変わったのが、日本人の先住民への視線です。日本人にとって、ハワイは、アメリカのハワイであって、先住民の文化は見るべきものでなかったり、添え物でしかなかったりしたのが、フラひとつとっても、現在はそれこそがハワイの魅力ととらえる日本人も多くいます。

『憧れのハワイー日本人のハワイ観』より

真珠湾攻撃とハワイ

真珠湾攻撃後のハワイ論は、戦前の記述をある程度引き継ぎながらも、その意図するところは大きく異なっていた。戦前のように、ハワイは文明が発達するアメリカの領土、日本からの移民が活躍するアメリカの土地とみなされることはなかった。むしろアメリカの不正義があらゆる面で顕在化する島として理解され、それに対するためには日本による攻撃と将来的な併合が望ましいとされた。日米戦争が激化し、厳しい検閲が行われるなか、ハワイの描写はアメリカとの戦争を正当化するために利用されたのであった。(62p)

ハワイは見学するところ

一九七〇年代に行われたある調査では、日本人観光客がビーチでくつろぐ時間は、一週間滞在で二時間にも満たなかった。(中略)
ハワイ旅行は多くの日本人にとって、名所や景勝地を見る文字通り「サイトシーイング」であり、疲れた心身を癒すバカンスではなかった。(147p)

ハワイは癒しの場所

「ロコ」「フラ」「エコ」に代表される地元社会や伝統文化、自然を通して本物なハワイを体験しようとする観光客は、しばしば「癒し」という言葉を口にする。近年のハワイ観光ではこの「癒し」の感覚が重視されるようになっており、「ロコ」「フラ」「エコ」を求める儀式の底流には、本物のハワイに触れることで「癒されたい」という観光客の思いがある。(219p)

日本人のハワイへのまなざしは、2020年代、どのように変化していくでしょう。

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