ほんの一冊 | 私たちの星で

「ジャングルに聞いてみた」に登場する、カンボジア・シェムリアップの タ・プローム

「旅の本屋 via」がセレクトした書籍をご紹介。新刊で集めたものを中心に、ほんの一冊取り上げて、ご紹介いたします。

思わず引き込まれる、20通の手紙

『私たちの星で』は、作家の梨木香歩さんと、アラビア語講師などを務める師岡カリーマ・エルサムニーさんの往復書簡です。岩波書店のPR誌『図書』に2016年1月号から2017年8月号まで掲載されていたものが書籍化されました。

当時は、イスラム国(IS)がニュースをにぎわせていた頃でした。2015年にはジャーナリストの後藤健二さんが彼らに惨殺される、ショッキングな事件も起こりました。

イスラムと聞けば、何か恐ろしい宗教のような漠としたイメージが世に共有されるなか、『図書』連載の依頼を梨木さんが受けたときに、イスラムのことを学びたい、ムスリムの方と往復書簡の形で学びたいと、編集者に相談したところ、師岡さんを紹介され、この連載が始まったのでした。

梨木さんと師岡さんとのあいだで、交わされたのは、往復合わせて20通の〝手紙〟。

読めば、きっと、引き込まれます。

そして、なんだか懐かしい。

時候の挨拶から始まり、自身の近況を伝える様子。そして相手へのいたわりと問いかけ……。

かたや作家、かたやアラビア語の講師も務める方。言葉を扱うプロフェッショナルのお二人の手紙です。言葉が美しい。構成も、そこに綴られるエピソードも、またその描写もお見事。素人の書簡ではないので、「懐かしい」などというのは、おこがましいのですが、メールからチャットへ、絵文字、LINEスタンプなど、小刻みな、即時反射的なコミュニケーションが全盛のなかで、長くて、スローで、まどろっこしいコミュニケーションのあり方そのものが懐かしく感じられます。

むろん、読者に読まれることを想定した公開書簡なわけですが、往復書簡という形を取る以上、私信めくわけで、他人の手紙をどこか覗き見をしている気分を味わえるのも魅力です。

多くの日本人にとって、イスラムという、ようとして知れず、夾雑物で縁取られた宗教を、形ある個のムスリムに、私信を通してアプローチしていく手法は、実は、練られた(梨木さんは、ただ知りたかっただけ、というと思いますが)、すごい手際のように思えます。

こう書くと、イスラムについて書かれた本のように思えてしまいますが、それはきっかけではあるし、〝通奏低音〟のように文中に漂ってはいるものの、話題は師岡さんが訪ねた旅先の話(ロシアのカザンやジョージアなど、旅行先がまたいい!)や、梨木さんのイギリス旅行での出来事やデモに参加したときの話など、繰り返しになりますが〝私信〟なので、あくまで身の周りの話題で言葉の交換がなされます。しかし、そのなかで、ふっと〝真理〟にさわる言葉に出会えるのです。

『私たちの星で』の目次

梨木香歩より師岡カリーマ・エルサムニーへ

1 共感の水脈へ
3  変わる日本人、変わらない日本人
5  個人としての佇まい
7  繋がりゆくもの、繋いでゆくもの
9  今や英国社会の土台を支えている、そういう彼らを
11  あれから六万年続いたさすらいが終わり、そして新しい旅へ
13 名前をつけること、「旅」の話のこと
15  日本晴れの富士
17 母語と個人の宗教、そしてフェアネスについて
19 感謝を!
ーここはアジアからヨーロッパかー

あとがきー往復書簡という生き物 梨木香歩


師岡カリーマ・エルサムニーより梨木香歩へ

2 行き場をなくした祈り
4 渡り鳥の葛藤
6 人類みな、マルチカルチャー
8 オリーブの海に浮かぶバターの孤島に思うこと
10 境界線上のブルース
12 ジャングルに聞いてみた
14 信仰、イデオロギー、アイデンティティー、プライド……意地
16 今日も日本晴れの富士
18 誇りではなく
20 ジグザグでもいい、心の警告に耳を傾けていれば

うそがつれてきたまことーあとがきにかえて 師岡カリーマ・エルサムニー

168ページ

『私たちの星で』より

文化はそれ自体が重層的に融合した異文化の結晶であり、個人はその多彩さを映す鏡であると同時に、それぞれ尖ったり曲がったり濁ったりして、どこかに新しい色をもたらす要素となればいい。たとえはみ出しても、地球からも人類からも零れ落ちることはできないのだから… …。( 師岡カリーマ・エルサムニー 43、44p)

世界はこれから、ゆっくりと、もとの「ひとつ」、「同んなじ」に戻ろうとする流れに入っているのではないかと思うのです。それはきっと、来た道を逆戻りするような単純な「退歩」ではなく、様々な色合いを持った糸が、交通や通信の影響で、より密接になることによって、ゆっくりと織られ、一枚の布になっていく、そんな「進歩」。それに反発する動きももちろんあって、つらく悲しい残酷な出来事も起きるでしょうが、この流れには誰ももう、逆らえないのではないか。新しい旅は、もう始まっているのでしょう。そして、そういう時代に、個人にできることのキーワードになるものは、Jについておっしゃったところの「寛容の神髄」、すなわち、それぞれの「寛容」を鍛え抜き、洗練された寛容にしていくこと。それこそが、この旅を乗り切るための必須アイテムになる……。(梨木香歩 78p)

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