バンコク謎解き華人廟めぐりーはしがき6

本によって旅が広がり、深くなっていく、そんな経験を自身のマレーシア旅行を通して、お話します。今回は「華人」をテーマに舞台を変えて、タイはバンコクへ……。

タイ人口の約10パーセントは華人

『プラナカン––東安アジアを動かす謎の民』(著・太田泰彦 / 日本経済新聞社)を読んで、プラナカンに興味をもったわたしは、プラナカンが活躍した地のひとつ、マレーシアはペナン島を旅して、華人コミュティの存在が気になっていました。

そんな、華人という言葉に敏感になっていた、わたしの目の前に現れたのが、前回、ご紹介したように、『バンコク謎解き華人廟めぐり』(著・桑野淳一 / 彩流社)でした。

タイには行ったことはありましたが、それはたとえばサムイ島のビーチだったり、学生時代にインドへ行く途中や、直行便のないブータンを訪ねるのにバンコクで一夜を過ごすだけだったりして、ちゃんとタイを旅したことはありません。

だから、と申し上げたいのですが……。わたしがものごとを知らなかった。
タイって、タイ人というか、タイ族の国だとすっかり思っていたら、かなりの数、人工の約1割にあたる700万人を超える華人、漢族の血をひく人々が暮らしていたのでした。

(中国のニュース・アプリ「今日頭条」がソースとのこと(2017年))

それを遅ればせながらでも、知ることができたのは、旅の復習の効用。

旅は人を賢くする。

いや、頭の出来は変わりゃあ、しませんが、旅は見る目を変えて、世界を広くはしてくれるでしょう。

旅に出て、違う回路で物事を見ることを繰り返していけば、やっぱり多少、旅は人を賢くするのかも。18世紀の英国にはグランドツアーというのもありましたしね。

タイのアユタヤにやってきた華人

話を戻します。

東南アジアの地図を見さえすれば、タイはマレーシアより中国に近いわけですから、マレー半島に大量の漢族が移り住んだのなら、タイにもそれ相応の移民がいたことは想像に難くありません。ただ、マレーシアのような確固たる華人の存在感が薄いのが、そんな錯覚を起こさせているのでした。

というのも、タイの華人はタイ人に溶け込んでしまったようなのです。『バンコク謎解き華人廟めぐり』は、バンコクの北、同じチャオプラヤ河畔に開けたアユタヤの港歩きからスタートします。アユタヤ遺跡で知られるこの街は、14世紀から18世紀にかけて栄えたアユタヤ王朝の港町でした。

アユタヤ遺跡といえば、ガジュマルに呑み込まれてしまった、この仏頭が思い出されます ©Vasenka Photography

同書によれば、アユタヤに都が置かれる前から華人はやってきて、港を押さえ、貿易の実権を握り、一般のタイ人は港に入ることさえできなかったといいます。そして華人は、アユタヤ王族に需要の高い中国の商品を提供し、彼らの歓心を買って、タイ貴族の称号を戴いたのでした。そうして華人の一部は家名を捨てて、タイ人として生きるようになっていったのです。

タイ人の女性

当時の華人とは、ほぼ福建人を指します。というのも、タイと結ばれた華南の港は福建しかなかったのだとか。そして次なる、1767年から15年しかもたなかったトンブリ王朝のタクシン王(2001年に首相となったタクシンさんとは無関係)の父は潮州人で、労働力として大量の潮州人を招来し、タイにおける出身地別の華人の勢力が塗り替えられて行ったのでした。

大量の同郷人をリクルートしたというのは、「はしがき4」で紹介した、客家の鄭景貴(チュン・ケンキー)と同じですね。

華人廟を見れば、故郷が読み解ける

つまりここバンコクでも、福建に始まり、あとに続く潮州、広東、海南、客家それぞれが自らの利権・利益を得ようと争い、住み分けもされていきました。

海を渡ってやってきたそれぞれの華人は郷党を結成し、それぞれのゆかりの神を祀る廟を築いていきます。それが今もバンコク各地に残る華人廟です。この華人廟、傍目には、どれも同じように見えますが、よく見ると、扁額(門戸に掲げる横に長い額)や入り口、屋根、飾りものにおよその違いがあり、この華人廟を通して、バンコクの街づくりの歴史や様子が伺えるというのです。

たとえば、王宮に近いプラナコーン地区にある、この天后聖母廟。

タイ バンコクの天后聖母廟

見えづらいですが、扁額?に「天后」の字がお見えになるでしょうか。天后聖母(媽祖。航海、漁業の守護神)を祀るのは、福建人でこれは福建廟とのこと。しかし、管理人に聞いても、どの書物を見ても、これは潮州廟と説明があるらしい。『バンコク謎解き華人廟めぐり』によれば、もともとは福建人が建てたものの、潮州人の圧力を受けて、福建人はいわば立ち退きに遭い、この地区から出て行ったようなのです。そして近くには、ほかの潮州人の廟があるため、同じ神が近くにいると、どちらが霊験があるのかケンカしてしまうので、天后聖母を祀ったまま、潮州人が管轄することになったのだ、と。

いやはや。

著者のプロフィールには、青山学院地球共生学部教授で、現在はタイ王国のタマサート大学の客員教授としてタイに駐在とありますが、バンコクに暮らす華人すらあまり知りもしない、華人廟の微妙な(ある意味、明確な?)違いに興味を持ち、よく一冊の本にしてしまったものです。研究者には、恐れ入ります。

そして、次なるはバンコクへ。同書を手に華人廟巡りをしてみたいと、新たな旅へと開かれていくのでした。

がしかし……

新型コロナウイルス感染の終息はないにせよ、ことの収束を願い、
Stay home.
Keeping Your Distance to Stay Safe.

つづく

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