日本の「中国人」社会ーはしがき7

本によって旅が広がり、深くなっていく、そんな経験を自身のマレーシア旅行を通して、お話します。これまで、マレーシア・ペナン島、シンガポール、タイ・バンコクなどの「華人」をご紹介してきましたが、彼らはもちろん血縁、地縁を頼って日本にも渡り、すぐそばで暮らしています。

華人の地縁の強さはどこからくるのか?

前回、バンコクやその周辺に見られる、郷里を同じくする郷党別の華人廟から、町の歩みを探っていくというユニークな『バンコク謎解き華人廟めぐり』をご紹介しました。

「はしがき5」では、「福建、客家、潮州など、それぞれに方言(言葉)は異なるとはいえ、その地縁の強さは何なのか」と書きましたが、同書にはそれに近づけるような言葉が華人の発言のなかにありました。

そのひとりが、バンコク郊外ワット・サケットで木材業を営み、木業公會の会長を務めるという陳さん。チンさんと読んでしまいそうですが、タンさんです。こと潮州地方では、陳と書いて、タンと発音するらしい。自身のマレーシア・ペナン島の旅で「ブキッ・メラ オランウータンリハビリセンター」を訪ねる際についてくれたガイドの名前もタンさんでしたが、今にして思えば、彼もきっとルーツは潮州だったのでしょう。

ブキッ・メラ オランウータンリハビリセンターにて

『バンコク謎解き華人廟めぐり』の著者が、「潮州人同士とかいう郷党意識はありませんか?」という質問を投げかけると、陳(タン)さんは、

ないわけではありませんが、それは郷党というよりもむしろ子どもの頃の同窓意識という点かと思います。(中略)タイの小学校は潮州人なら潮州人の小学校へ行きますから、幼馴染はみんな同じ郷党である場合が多いです

と答えています。

幼少期に同郷の仲間意識が形成されて刷り込まれるのは、大きいかもしれません。まさしく、竹馬の友です。

また、バンコクには潮州人だけが眠る広大な「潮州人墓地」があり、著者がそこを訪ねたときの記述に、こうあります。長いですが、引用します。

なるほど中国人の結束力の強さがよく解るというものである。否、中国人は基本的に他人であり、彼らの結束は中国という国単位ではなく、同族同郷間での結束力の強さということになる。
 これだけの広大な墓地であるが、全ては潮州人の墓地なのである。ここで彼らは先祖の法要をし、一族が集まって結束を誓うのである。
 以前、日本へ留学した中国人留学生に聞いたことがあったが、彼らが言うには、
「日本人は墓地に集まらなくても、同族の助けがなくても生きていけます。なぜなら損害保険制度や様々な行政的政策によって生活が保証され、同族の手助けを必要としない社会だからです。でも、中国社会は基本的に信じられるものはありません。ですから同族で相互扶助をすることが必要になります。
 そのお互いに助け合う人間を確認するために、故人の法要などで墓地に行くのです。つまり、墓参りすることが一族の証になります」

日本でも沖縄・八重山地方は元来同族意識が強いといわれ、親族が墓に集い、祖霊を祭る十六日祭などを思い浮かべましたが、損害保険制度や他の制度など、現代の日本と中国の比較の話で、はたして、国家としての日本(とイメージ)がなかった時代、室町時代や江戸時代の人々にどれだけ同族・同郷を基としての結束力があったのかわからず、華人が外へ飛び出していった15世紀来の彼らの地縁の強さと比較することができません。

日本でも、19世紀末期から20世紀半ばにかけて、沖縄の人々がハワイへ、北米、南米へ移民として海を越えて行きました。現地で頼れるのはやはり同族、同郷の人々、県人会で、さらに大きな枠組みとして日本人会があり、コミュニティを築きました。

ハワイの日系移民 ©hawaiihistory.org

華人が血縁、そして地縁で強固の結束しているように見えるのは、その数の多さが、存在感を際立たせているのでしょうか。また上記の留学生の言葉にあるように、お上への信頼度の低さや、同じ中国人ではあっても、言葉、同じ方言を話すことが、絆を強固にしていたのかもしれません。

積もり積もった歴史のなかで、血縁、地縁の強さが育まれてきたのは確かなことでしょう。

日本に存在するさまざまな華人コミュニティ

そして現在、日本にも多くの中国人が暮らしています。

『日本の「中国人」社会』(著・中島 恵 / 日経プレミアシリーズ / 2018年)には総務省の2017年の統計で、日本に暮らす中国人は約73万人と数字が出ています(台湾、香港除く)。これは高知県の人口に匹敵するそうです。そうして説明されると、そんなに多くの、と思ってしまいますね。

1980年代の鄧小平の改革・開放が始まった頃には少なかった留学生も、数が増えるにつれて、血縁だけではなく、いろいろなコミニュティが築かれていきます。

以下、『日本の「中国人」社会』より。

中国人のコミュニティといえば、まず血縁、そして地縁(同郷、土地に基づく縁故関係)やビジネスの縁(仕事関係、同業など)、学縁(学閥や師弟関係)などがあり、これらを日本人以上に重視するといわれる。中国国内だけではなく世界中どこに住んでも同様だ。

日本で中国人の数が増え、目立つようになってきたのが地縁による結びつき。(中略)
北京人、上海人同士など大都市出身者はそうでもないが、それ以外の地方都市、とくに陸部の中小都市の出身ならば、来日する人数が少ないので結束は強くなる。海外で東京都の出身者同士が集まってもそれほど感慨はないが、それ以外の地方都市や市町村の出身者同士などが出会うと、かなり親近感が湧くのと同じだ。

広大な中国には無数の方言があり、生粋の上海人は上海語を使う。(中略)
広東省や香港で使われる広東語も同様で、都市ごとに方言があるといってもいい。自分の方言が通じるだけでも心を開き、海外ではとくにその縁を重視する。私が知るかぎり、東京在住の中国人の多くが、同郷会のような少しオフィシャルなものや、カジュアルな同郷人同士のコミュニティに参加している。

華人の「縁」を通しての絆の強さは昔も今も変わっていないようです。

さらにSNSの登場が彼らのコミュニティ形成をより容易にし、コミュニティは細分化し、発展しています。また現在、日本にやってくるのは、かつて反響を呼んだ、中国人留学生を追ったドキュメンタリー『中国からの贈りもの』に描かれたような人々とは異なります。

もはやGDPでも、日本を追い抜いた国の人々です。当時と様相がまったく違います。『日本の「中国人」社会』は、あたりまえですが、日本人と同じように悩み苦しみ、なかには波乱の人生を過ごしてきた、ごく〝普通〟の中国人が、実に多様な動機を持ち来日し日々を送っているのを知ることができる、好ルポルタージュです。

つづく

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