ペナン島と日本人ーはしがき9

本によって旅が広がり、深くなっていく、そんな経験を自身のマレーシア旅行を通して綴っています。前回、ペナン島の「アルメニア人」についてご紹介しましたが、実は、ペナン島は日本人とも関係の深い島だったのです。

ポルトガル由来のペナン島シントラ通り

前回、『マラッカ海峡物語』を通して、ペナン島に足跡を残したアルメニア人についてご紹介しました。

遡って「はしがき3」では、ペナン島の旧市街、世界遺産のジョージタウンにあるシントラ通りについても、ちらとふれていました。

シントラとは、ポルトガルにある、欧州大陸最西端のロカ岬にも近い風光明媚な港町です。王族や貴族の避暑地として知られ、その文化的景観が世界遺産に登録されています。19世紀のイギリスの詩人バイロン卿は、「この世のエデン」とシントラを評したそうです。

シントラの丘の頂にそびえるカラフルなペーナ宮殿

大航海時代に先駆けてその覇者となったポルトガル人は、インドへ、スリランカ島へ、さらにマレー半島へもやってきました。そして、ペナン島に錨を下ろし、彼らの集住したストリートに、懐かしい故郷を思って、お国自慢の美しい町の名を命名したのでしょうか。

シントラ通りが日本人街に

しかし後年、このシントラ通りが日本人街と呼ばれたことは、『マラッカ海峡物語』を読んで初めて知ることでした。19世紀末から20世紀初頭、日本人もこの南洋の地に足跡を記していたのです。

この地区にはいつごろからか定かではないが、からゆきさんを抱えた娼館やホテルが急激に増えていった

自身の年代ですと、日本がバブルに沸いていた頃、「じゃぱゆきさん」という言葉が頻繁にメディアに登場したのを記憶しています。その名の由来である「からゆきさん」について長く知ることはなかったのですが、10年以上前でしょうか、天草旅行を計画していたときに、山崎朋子さんの『サンダカン八番娼館 底辺女性史序章』に出会って、それを知りました。

名匠・熊井啓監督、栗原小巻、田中絹代、高橋洋子という豪華共演で、『望郷』という名で映画化もされました。とりわけ、元からゆきさんを演じた田中絹代の演技は高く評価され、ベルリン国際映画祭女優演技賞を受賞しました。音楽は、「ゴジラ」の伊福部昭。

ペナン島を占領した日本軍

アジアの旅は、日本の過去にも向き合う機会にもなります。

1941年から3年8カ月、日本軍はこの島を占有しました。

再び無知を晒すようで、恥ずかしいのですが、同じく「その3」に紹介した、アルメニア通りにある「孫中山記念館」に、(記憶がおぼろげになってきていますが)日本軍の進軍マップのようなものが貼ってあり、その事実を知った次第です。

検索すると、当時のことを覚えている方もいらっしゃいました(西日本新聞 2014年9月23日)。

ペナン島の歴史に、日本もまた密接にかかわっていた時期があったのです。

『マラッカ海峡物語』を読んだことによって、ペナン島に注ぐ視線がまた複雑に変化したのでした。

最終回につづく

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