世界一周

世界一周日記

1907年金融恐慌と、日本人移民の排斥はいかにして起きたのか?

『ある明治女性の世界一周日記ー日本初の海外団体旅行』をもとに110年前の世界の旅へ。サンフランシスコ大地震に端を発し、1907年、アメリカは金融恐慌に見舞われ、サンフランシスコでは日本人学童排斥事件が発生。当時の様子を野村みちの日記から探ります。
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サンフランシスコの誕生と1906年の大地震

『ある明治女性の世界一周日記ー日本初の海外団体旅行』をもとに110年前の世界の旅へ。壮麗なフェアモントホテルに投宿した野村みちですが、周囲には2年前の大地震の爪痕もまだ残されていました。サンフランシスコの誕生から大地震までをひもときます。
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ハワイと和歌山の意外な歴史的つながり

『ある明治女性の世界一周日記』をもとに、110年前の世界の旅へ。明治時代に著者の野村みちが最初の寄港地として降り立ったのが、ハワイでした。そのハワイと和歌山とのつながりとは? あまり知られていない日本とハワイの交流史をひもといていきます。
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ねぇ、ねぇ、ハワイにはどうして日系人が多いの?

『ある明治女性の世界一周日記』をもとに、110年前の世界の旅へ。日本人に人気の旅行先ハワイですが、そこには多くの日系人が暮らしています。なぜ彼らはハワイへ渡ったのでしょう。ハワイが楽園だから? いえ、出稼ぎ先だったのです。 
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ハワイから伝わった「カナカ」 ユニークな小笠原ことば

『ある明治女性の世界一周日記』に書かれた野村みちの言葉を言葉を拾い、注記を広げながら110年前の世界へ。ハワイへ降り立ったみちの前に広がったのは、「硫酸銅」色の海と「カナカ人」の子どもでした。硫酸銅色? カナカ人?って誰でしょう?
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「横浜グランドホテル」日本の西洋式ホテルと海運の黎明

『ある明治女性の世界一周日記ー日本初の海外団体旅行』に書かれた野村みちの言葉を言葉を拾い、注記を広げながら110年前の世界へ。第1回は横浜にあった日本を代表するホテル「グランド」、みちたちが乗船したモンゴリア号から当時の様子を探ります。
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日本初の海外団体旅行に旅立った明治女性

明治時代、ひとりの女性が北半球の世界一周の旅に旅立ちました。その名は野村みち。外国人相手に古美術商を営んでいた「サムライ商会」を立ち上げた野村洋三の妻で、大正から昭和へかけて横浜YWCA会長を務めた彼女は、どんな生い立ちだったのでしょう?
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